第3回『平成21年度実施報告」

実行委員長 増沢 高

1.子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレーの実施にいたるまで

3年目を迎えた実行委員会は、春先から昨年度以上の飛躍を胸に今回の計画を練っていた。昨年に引き続き、渋谷からの都心コースと小田原からの湘南コースを設定し、ゴールも横浜みなとみらい地区の日本丸メモリアルパークと決めた。昨年はこの日本丸が工事中で使えず、グランモール公園にゴールを移さざるを得なかった経緯があったため、この会場使用の許可が下りた時は皆で喜び、そして、コースやキャンペーン会場の充実に向けて様々な意見を交わした。過去2回の実績ゆえに、それぞれの案に具体的なイメージを重ねることができ、まさに順風満帆の船出のように思えた。ところが財政面での困難な壁に直面し、全てが振り出しに戻ったような錯覚に陥ってしまった。財政面の協力を求めて様々な機関に訪問あるいは助成申請を行った結果、助成または寄付を得られることができた。嬉しかったのは訪問先のいずれも子ども虐待防止啓発の必要性を強く認識していただき、熱心に説明を聞いてくださったことであり、改めて啓発ということの初心に戻った気がした。また、子どもの虹情報研修センターで行われる研修期間中に募金をお願いしたところ多くの方々が協力をしてくださり、なんとか昨年度と同様の資金を確保することができたのであった。

実は、困難な壁は財政面だけではなく、11月8日をたすきリレーの日と決め会場確保も終えた後、湘南国際マラソン大会の開催が同日と決まったのであった。このマラソン大会は、約2万人のランナーが参加する関東地方で屈指の規模を誇る大会であり、問題となるのがそのコースで、大磯をスタートし江ノ島で折り返すというフルマラソンであるが、我々の設定した湘南コースと重なってしまうのであった。すぐにたすきリレーの日程変更を模索したが、他の行事の関係もあって難しく、次にコースを別に設定する案を考えたが、中継点の関係でうまくいかず途方に暮れることになった。そんなときある実行委員が「湘南国際マラソンと同じコースを一部走らせてもらえないだろうか」と言ったのだ。それが可能であれば2万人のランナーの目にも触れ、もしランナーにリボンをつけて走ってもらえたら大きな啓発となるだろうという狙いもあった。ただこのときは「そんなことは不可能だろう」と委員のほとんどが思い、それでもとマラソン大会の事務局であるランナーズウェルネスに連絡をとってみたところ、会ってお話を聞いていただけることになった。


マラソン大会と共にスタートしたたすきランナー
(湘南・第1区)
ランナーズウェルネスはマラソン大会などのスポーツイベントの企画運営をしている大きな会社で、24時間チャリティマラソンの企画もされているところである。数名の実行委員でうかがうことになったが、このときでも正直「まず無理だろう。話だけでも聞いていただけるだけでありがたい」という気持ちであった。ところが対応された職員の方は、実に熱心に我々の話を聞いてくださり、そして「こうしたスポーツイベントは、単に競争が目的ではないんです。身体と心の両方の健康を目指して行われるもので、子ども虐待防止は心の健康に通ずる重要な意味があり、私たちの目的にも重なります」と話されたのであった。そしてたすきをつけて走ることはもちろんのこと、当日は子ども虐待防止のブースを設置し、ランナーにリボンを配布できるよう検討していただけることになり、その後これらの全てが実現されることになったのだが、私たちの主旨を理解してくださるとても貴重な人たちと出会えたことをとても嬉しく思った。初めからあきらめるものではないことを教えられたのである。

2. 5,000個の手作りオレンジリボンの準備

このようにコースも充実し、キャンペーン会場も、日本丸メモリアルパークに湘南国際マラソン大会会場と東京タワーが加わった。それはとても喜ばしいことだったのだが、そこで問題になったのが配布するリボンの数であった。


湘南国際マラソンでリボンを配布
これまではおおよそ1,000個のリボンを作り配布していた。しかし今回、2万人のランナーが走るマラソン大会ではどれだけ配布できるのか、東京タワーはどうなのか、全く見当がつかなかった。「走る目的のランナーがそんなに受け取ってくれないだろう。500個作れば充分では」から「いや2,000個は必要だ。みなつけて走ってくれる」と意見は様々であったが、結局「数が多くて困ることはない」と多めの予想でマラソン大会会場に2,000個、日本丸メモリアルパークで2,000個、東京タワーに1,000個と見積もったのであった。合計5,000個である。

さて、見積もりはできても、作るのは大変である。10数名の実行委員だけでは到底作り上げることはできず、そこでリボンの作成についても協力をお願いすることとした。様々な方々に声をかけたところ、民生・児童委員や主婦、大学・専門学校の学生たちなど、実に多くの方々に協力していただき、10月中旬までには目標の5,000個に到達したのだ。何事にもこつこつとした歩みが必要なこと、こうした草の根の取り組みこそが啓発活動に命を注ぐことであることを実感した。作られた方々の思いのこもったリボンである。心こめて配布したいと心底思ったのであった。

3.たすきリレーコースの設定


遊行寺までの急坂を駆け上がるランナーたち(湘南・2区)
こうして湘南コースは湘南国際マラソンのスタートと共に第1区が始まることとなり、約14km先にある児童養護施設茅ケ崎ファームからを第2区とした。第2区の終わりは遊行寺に決まった。遊行寺は一遍上人の踊り念仏で有名な時宗の総本山である。遊行寺の住職の方も、中継点になることを快く了解してくださった。都心コースの泉岳寺とともに、東西それぞれのコースで寺院が一つずつ中継所となったのである。遊行寺から始まる第3区の終わりは西横浜国際総合病院であった。昨年から中継所として協力していただいている唯一の病院である。4区から最終区への中継は、3年目にして初めて小学校のグラウンドが舞台となった。横浜市の港南区にある永野小学校である。これまでも永野小学校の先生方はランナーとして参加されていたが、今年は中継所として利用することを快諾してくれたのである。しかも当日はその地域の複数の町内が集まっての運動会ということで、うまく協働できるよう校長先生が町内会に声をかけてくれたのだ。我々も永野連合町内会にお邪魔し、趣旨の説明と当日のご協力をお願いしたところ、「それならば」と運動会のプログラムの中に応援の企画を組んでいただけることになったのである。大変ありがたく思うと同時に、このたすきリレーがようやく地域の方々に届いた実感を抱いた瞬間もあった。


都心コースのスタートを切ったランナーたち
都心コースも充実した。これまでは渋谷の東京都児童会館から日比谷公園を経て泉岳寺に向かうコースだったが、休日のこの辺は平日とうって変わって人がほとんどいないコースでもあった。そこで東京都児童会館をスタート後、実行委員会の事務局の1つである日本子ども家庭総合研究所(子ども総研)を第1中継所とし、次の中継所に東京タワーを候補と考えた。ここには多くの人たちが集まる。東京タワーに相談に行ったところ、ここでも快諾を得られたのであった。しかも数時間にわたるキャンペーン活動も可能になり、「あの東京タワーが本当に決まったの?」と、運営委員の多くが耳を疑ったが、まぎれもない本当のことであった。東京タワーの後はおなじみの泉岳寺である。一つの行事も3回目になると、ある種の象徴的な場所、物、営みができてくるものである。その一つが泉岳寺で、もはやたすきリレーにはなくてはならない中継所となった。泉岳寺から始まる4区の終わりとして品川児童相談所が決まった。東京都はたすきリレーの1回目から後援となっていたが、今回は品川児童相談所を中継所にしてくれたのである。しかも地域の要保護児童対策地域協議会のメンバーの方々や民生委員の方々も応援してくださることになったのである。

4.湘南コース

当日の朝、湘南国際マラソンのスタート地点である大磯ロングビーチには、7時前にはすでに多くのランナーが詰めかけていた。最寄りの大磯駅と二宮駅からは、ロングビーチに向かう一般ランナーが列となって移動している。たすきリレーキャンペーンブースは、ロングビーチに入ってすぐの、皆の目に留まるとても良い場所に設置してくれた。「ランナーはリボンをつけてくれるだろうか」、「2,000個のリボンは配布できるだろうか」これが我々の不安だったが、始まってみるとランナー次々と受け取ってくれるのである。「子ども虐待防止」ののぼりを見て、わざわざリボンをとりに来てくれるランナーもおり、9時のスタートを待たず、ほとんどのリボンがランナーの手に渡った。「もっと作ってくれば良かった」というのが終わってみての感想である。


地域の運動会が中継点に(湘南・第4中継所・永野小学校)
9時に一般ランナーとともに8名のたすきを着けたランナーがスタートした。その周りにはリボンをつけてくださったランナーもたくさん走っていた。14km先の中継点では、第2区のランナー役員が「子ども虐待防止」と書かれたオレンジ色ののぼりをもって待ち受ける。リボンをつけた一般ランナーがのぼりを見て「リボンつけてるよー」などと声をかけてくれた。リボンを配布した喜びをかみしたのであった。第2区の起点である茅ケ崎ファームでは、たすきリレーのスタートセレモニーを行った。そこにマラソンコースからのたすきが運ばれてきた。第1区を走ったランナーは、別のたすきをつけてフルマラソンをそのまま走り続けた。その中には、第1回のたすきリレーで全区を駆け抜けた者や2回目に都心コース全区を走った者、そして、厚生労働省元虐待防止対策室室長の姿もあった。茅ヶ崎ファームでは神奈川県子ども家庭福祉課の挨拶の後、運ばれたたすきをランナーが身につけ、来賓の方や茅ヶ崎ファームの子どもたちの前に整列した。子どもたちによる元気な応援パフォーマンスを受け、ランナー代表の掛け声とともに10数名のランナーたちは横浜に向けて走り出した。この日は七五三の参拝に訪れた家族の方々をたくさん見かけ、第2中継所である遊行寺に向かう途中、こうした方々からも大きな応援を受けた。その声は藤沢から戸塚に続く急坂を上るランナーたちの大きな励みになったのであった。遊行寺で3区のランナーにタスキが渡った。秋の日差しが走り終えたランナーの額の汗を輝かせており、境内の前で全員に完走賞が手渡された。第3区を担うランナーたちは横浜に入り、国道1号線を進んで戸塚区の西横浜国際総合病院に到着した。病院では看護師さんたちが迎えてくれ、ランナーをもてなしてくれた。病院でたすきを受けた第3区のランナーは、元気に戸塚駅を超え地下鉄沿いに下永谷に向かった。最後の中継所である永野小学校では200名を超える地域の方々の運動会が盛大に行われている。会場では「後10分でたすきリレーのランナーが到着いたします」と放送され、運動会のプログラムが一旦中断された。町内会長さんの音頭で最終ランナーの紹介やランナーを迎え入れる練習も始まった。練習も終り皆がグランドの入口を見つめる中、ついに10数名のランナーがグラウンドに入ってきたら、大きな声援がわいた。グラウンドを一周したランナーたちは朝礼台の前で次のランナーにたすきをつないだ時には、拍手喝采になった。中継所でこれだけ多くの人たちに声援をもらったのはたすきリレー始まって以来のことである。地域の方々と一つになれた喜びと地域の方々の底力を感じながら、最終ランナーは永野小学校を後にしてゴールを目指した。

5.都心コース


六郷橋を渡るランナーたち(最長区間の都心5区)
都心コースでは昨年同様、スタートセレモニーが東京都児童会館で行われ、第1区のランナーがスタートした。その中には、昨年の実行委員長の姿もあった。ランナーたちは麻布の日本子ども家庭総合研究所(子ども総研)を目指した。子ども総研はたすきリレーの事務局を担う機関の一つで、子どもの福祉や医療に関する数多くの研究を行っている機関である。このタスキリレーでは都心コースにおける企画や運営の中心を担っていた。また今年からたすきリレーのホームページが公開されたが、それは子ども総研の職員の方々の技術の賜物である。続いて、子ども総研からの第2区のランナーは東京タワーを目指した。東京タワーでは、入口に飾られた大きなクリスマスツリーの前にステージが置かれ、インディーズの方々によるライブ演奏が行われていた。観光バスから降りる多くの観光客に、オレンジリボンやチラシが配布された。ランナーが到着し、次のランナーにたすきが渡った。ランナーの中には海外から参加された方もいた。観光客の方々の大きな声援を受け、次の中継所、泉岳寺に向かった。泉岳寺は東京コースの他の中継所と違って静寂な雰囲気を醸し出し、訪れるものを凛とさせる。ランナーも心なしか背筋がのびて、たすきをつないだ気がした。ランナーは次の中継所となる品川児童相談所に向かう途中、道に迷うトラブルもありましたが、すぐに正規のルートに戻ることができた。品川児童相談所が近づくと、驚いたことに消防署の職員の方が交通整理をしてくれていた。安全に走行できるよう配慮してくれたのであった。品川児童相談所では、たくさんの地域の方が集まっており、職員の方はオレンジのジャンパーを身に着け、リボンやチラシ、そしてリボンが印刷された風船を地域の方々に配っていた。ここで中継されたたすきとランナーたちは、次の川崎市役所へ向かった。この第5区は都心コースの中で最長の約14kmを走行する。ランナーは多摩川を渡り、川崎市役所に到着した。ここからはじまる第6区のランナーは、当初川崎駅前を徒歩にて進み、虐待防止を訴える予定だったが、タイムスケジュールが大幅に遅れていたことで中止とし、急ぎ次の鶴見の中継所であるナイス株式会社に向かうこととなった。遅れを取り戻そうとランナーのペースが徐々に速くなっていく。そしていよいよ最終区のランナーにたすきがつながれた。そこにはボクサーの坂本氏の姿もある。10数名のランナーは、8km先のゴールに向かって走り続けた。

6.キャンペーンとゴール





メモリアルパークでは、10時からキャンペーンのイベントが始まった。司会は昨年度と同じく築地氏とアシスタントの永井氏がイベントを進行する。ステージでは、ヒップホップダンスチームのBoozerと、ドラムのユニットパフォーマンスが始まり、軽快な音とリズムに道行く人が引き寄せられた。続いてシンガーソングライター土田聡子氏の歌声がしっとりと会場に流れた。会場内では多くの機関がブースを設置してキャンペーンを盛り上げた。横浜市のブースでは子どものお絵かきコーナーの他、アニメのキャラクターが登場して会場内を回った。関東学院大学の学生たちによる子どもの遊び場コーナーもあった。NPO法人カンガルーOYAMAは、今年もオレンジリボンオブジェ制作を企画し、イベントの後半にはたくさんのオレンジリボンでできたオブジェが完成した。NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク事務局は、公募によるデザインのチラシなど、神奈川県はオレンジリボンがデザインされたエコバック等を配布した。川崎市あゆみの会は養育里親の啓発を行い、母子生活支援施設協議会は、母子生活支援施設をアピールした。ブース設置数は今までで一番多く、子ども虐待防止に関係した様々なキャンペーンが会場を盛り上げていたのであった。

昼のステージでは、プロボクシング元東洋チャンピオンの坂本博之氏、シンガーソングライターの成田圭氏、そして大竹佑季氏による子ども虐待防止についてパネルディスカッションが行われた。進行は子どもの虹情報研修センターのスタッフが務めた。坂本氏は児童養護施設出身者であり、成田氏は児童養護施設の保育士であった。坂本氏の子どもたちの幸せへの熱い思いが印象的であった。パネルディスカッションの後、坂本氏は都心コースの最終中継所であるナイス株式会社に向かった。最後の第7区を走るためである。

会場のエリア周辺では、12名の大道芸の方々がパントマイムや風船オブジェを作って道行く方々の視線を集めた。彼らは「くりちゃんと愉快な仲間たち」のメンバーで、毎年このイベントに駆けつけてくれる。また築地氏と永井氏が、逐次ランナーたちの動向をみんなに伝えた。昼過ぎには湘南コースのランナーたちは永野小学校近くに、都心コースのランナーたちは品川児童相談所に迫っていることが伝えられた。またときどきモニター映像を通してランナーたちの様子が映し出された。

午後は大竹氏のライブがあり、ギター演奏とのセッションがとても素敵であった。そして成田氏のライブが続く。成田氏の働いていた児童養護施設は神奈川県にある。成田氏と関わった子どもたちは成田氏の夢をおい続ける姿を目の当たりにし、きっと勇気づけられたに違いない。ブラインドバードは本当に素晴らしい曲であった。

午後2時を過ぎ、日本丸もいよいよランナーを待つばかりである。2時半を過ぎ、まずは湘南コースのランナーの姿が見えた。大きな歓声の中ランナーたちが走ってくる。そして15名程のランナーが皆一斉にゴールした。今回のゴールテープはNPO法人虹のリボン事務局による手作りで、全長20メートルのまん中に「子どもに明るい未来を」のロゴが入っている。昨年以上に迫力のあるフィニッシュとなった。都心コースは予定より遅れているようであった。前回よりも2区多い全7区としたために、中継に時間がかかってしまったのであった。その都心コースのランナーたちも3時半にはゴールを果たし、感動のフィナーレであった。大会長より完走賞が贈られた。そこにフルマラソンを走り終えたランナーも、何人か会場に到着した。さすがに疲れた表情であったが、足取りは元気そうで驚くものであった。ステージに上がりねぎらいの拍手を受けた。

たすきをつないだ全てのランナーと実行委員も次々にステージに上がり、皆で万歳三唱。そして3人のシンガーソングライターとともに、会場の方々も一緒皆で「翼をください」を合唱した。最後に司会者からこのたすきを次につなげていく合言葉、「来年も会いましょう」の掛け声で幕を閉じた。

7.たすきリレーを終えて


感動のゴール
子ども虐待の対応には、多くの職種や機関の協働が必要となる。しかし協働は言うが易く、実現には困難が伴うことも事実である。子どもの幸せに中心軸を置くべき連携が、職種や組織の考え方や価値観に引きずられ、軸がぶれてしまうことが少なくない。一つの目的を達成するためには、個々の分野の立場や事情はいったん横に置いて、可能な限りできることを模索するという姿勢がそれぞれに求められている。啓発活動としてこのたすきリレーを実施する意味はここにある。児童福祉施設を中心に始まったこのたすきリレーは、児童相談所、学校、企業、学生や一般の方々へとその輪は広がってきている。湘南国際マラソン大会、永野小学校、東京タワー、品川児童相談所、そして日本丸メモリアルパークなど、随所でその広がりを実感した。また子ども虐待防止と子どもの明るい未来を創造することに多くの賛同者がいることも実感した。そして、それぞれの立場は違えど、大切にすべき大きな目的のためには、縦割りや縄張り意識などの垣根を越えて皆が一つになりえることを学んだ。子ども虐待防止における多分野協働は、子ども虐待対応の歴史の長いアメリカやイギリスでも難しい課題とされている。しかし、こうしたたすきリレーにこれだけの人たちが立場を超えて集まれる日本は、この課題克服に大きな可能性を秘めた国なのかもしれない。オレンジのたすきがランナーからランナーへと引き継がれていく光景を目の当たりにするたびに、そのような思いが湧いてきた。

そして今年も岐阜県と山口県でオレンジリボンたすきリレーが実施された。2回目となる岐阜県では3コースを設定し300名のランナーが走行した。私たちは、こうやって少しずつたすきの輪が広がっていくことが嬉しく、またそれぞれが励ましあってたすきを来年へとつなぎ、より大きな輪ができることを願っている。

子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレー実行委員会

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